【美術館鑑賞】チェコ・プラハ「ミュシャ博物館」

 

前回の記事でもご紹介したように、とよしま的ヨーロッパ一の都市であるプラハ。

 

ぼくがプラハに行きたいと思ったのは、今回ご紹介する芸術家、ミュシャの博物館があると聞いたから。高校時代のぼくの恩師イチ押しの芸術家で、その名前は知っていた。塾に遊びに行くたびに、棚に飾られた画集をみては「キレイやなー」となったものだった。

 

今回、各地の美術館を探訪するにあたってミュシャの存在を知り、かねてから「ここは行く!」と決めていた次第。それではまずは、ミュシャという芸術家について、知らない方も多いと思うので紹介したい。

 

プラハの誇る芸術家「ミュシャ」とは

こちらがわかりやすいので引用。

 

アルフォンス・ミュシャ 1928年

1860年オーストリア帝国領のモラヴィア(現在のチェコ)と呼ばれる地でミュシャは誕生した。

15歳の時には、裁判官の書記として働くかたわら絵を描いていたそうだ。19歳で、ウィーンへ行き、舞台装置の制作の工房で助手となる。27歳の頃、ミュンヘンのアカデミーを卒業し、パリのアカデミーに入学をして、絵を学び続ける。日の目を浴びない下積みの青年期が続いたそうだ。

しかし、1894年、彼が34歳の時に、舞台女優のサラ・ベルナールのポスターを制作したことから一夜にして大きな成功を手に入れる。デザインの注文が殺到し、生計を立てるために手がけていた雑誌の挿絵の方も認められていく。フランスで一躍有名となったミュシャ。しかし、その後の生活が派手になることはなく、これまでと変わらず作品の制作に力を注いでいたという。地に足がついていた実直な性格だったと伝えられている。

その後、彼は家族にも恵まれた。44歳で結婚、49歳では女の子、55歳で男の子が誕生した。私たちが思い浮かべる「芸術家」のイメージの中では、いわゆる順風とも捉えかねない人生であったようにも感じる。

 

ミュシャが生まれたのは、オーストリア=ハンガリー帝国の一部分であったチェコである。独立運動という動乱の時代のなかで彼の愛国心は育てられ、その影響は数多くの作品や、彼自身の活動にあらわれている。

 

ぼくの考えるミュシャの魅力

素人ながら、ミュシャの画の魅力は「芸術らしからぬ親しみやすさ」にあるとおもう。

芸術なんててんでわからないぼくたちが見ても、ミュシャの絵って率直にキレイなんですよね。女性を扱った作品が多いのだけれど、彼女たちひとりひとりがまるで、ゼルダやファイナルファンタジーに出ててもおかしくないような風貌をしている。

もっと昔の絵画みたいに、高尚な考えを巡らせようとする必要も、頭をこねくり回して理解しようとする必要もない。それくらい、スッと理解しやすい表現であることが、ミュシャのいちばんの魅力だとぼくはおもう。

現に彼の絵はチェコが独立を果たしたのち、生活のさまざまな場面に採用されている。美術館では、貨幣や新聞広告など、さまざまなシーンに用いられたミュシャの作品を鑑賞することができる。当時の行政もまた、ミュシャの絵には一種の親しみやすさを感じていたのかもしれない。

 

「ミュシャ美術館」鑑賞レポート

料金

学生料金適用されました。160チェココルナ(約800円)。

混み具合

午後1時ごろに向かったけれど混雑もなく入館。規模としては小さいので、1時間もあれば十分に堪能できるかと。

作品集

撮影禁止のため拝借したものもありますが、お気に入りの作品をご紹介。

 

 

まずはこちらのジスモンダ」。こちらのポスターの製作を皮切りに、ミュシャの名前は世論に知られることとなる。

 

 

連作「4つの時の流れ」

 

 

ミュシャの代表作「ヒヤシンス姫」

 

 

「メデイア」と呼ばれるこちらの作品は、ギリシア悲劇をモチーフにしたもの。ナイフを持ったメデイアが愛人イアソンとの間にできた子供たち、イアソンの妻、父親を皆殺しにした直後の姿をポスターに描いている。

 

 

ポスター作品の多いミュシャのなかで異彩を放つのがこちらの油絵「荒野の女」。星の美しさと裏腹に、暗闇に潜む狼の影。見る人まで、どことなく緊張してしまう。

 

まとめ

鑑賞は1時間半ほどで終了。ひとつひとつの絵画の説明は乏しいものの、ミュシャの描く作品群の美しさに、とにかく心奪われました。ゆっくり見れるのもいいね。

「ミュシャが気になる」レベルのかたなら必ずや楽しめますので、ぜひ足を運んでみてくだされ。

 

感謝