【コルカタ】マザーテレサ創設「死を待つ人の家」でのボランティアで感じたこと

 

 

エイショイ。

ガンジス川、沐浴の代償はくしゃみと鼻水。

 

洗礼が地味である。

どうも、とよしま(@c5meganemegane)やで。

 

さて、今回からいよいよインド編。

バングラデシュの首都ダッカから、13時間のバスを経てコルカタに突入。

 

 

バスで隣になり、仲良くなったRonyさん。

コルカタで落ち合う約束までして、宿でfacebook追加しようと検索してみる。

 

おいおい…みんな顔同じやんけ…

 

結局分からずに断念。

とにかくお世話になった分、心苦しさしかない。

 

そんなこんなでコルカタ編。

2日間にわたり「死を待つ人の家」というところでボランティアを行ってきた。

ボランティアの内容や、そこで感じたことなど、今回は文章にしたい。

 

 

「死を待つ人の家」とは

 

 

コルカタに「マザーテレサハウス」というところがある。

マザーテレサが1948年から1997年にわたり、修道女として活動した場所。

 

彼女は生前、より多くの人々の支えになりたいと、多くの施設を設立した。

なかでも1952年、いちばん始めに建てられたのが、今回紹介する「死を待つ人の家」である。

社会の教科書などで名前を知っている人も多いかもしれない。

 

入居するのは、病気や貧困などで瀕死、あるいは死期を目前としている人々。

彼らの多くは身寄りがない。ボランティアの方たちによって、駅近くなどから運ばれてくるそうだ。

 

設立時には入居者の7割がこちらで死を迎えていたらしいが、現在では状況も改善され、その比率は逆転しているらしい。

それでも、約3割がこの施設で命を落としている。

これが多いのかどうか、正直、よく分からない。

 

ぼくは2日間にわたり、午前のボランティアにのみ参加した。

次は、ボランティアの内容についてお話しする。

 

「死を待つ人の家」での活動

 

「マザーテレサハウス」は、各施設の活動を束ねる総本山。

朝7時には、その日のボランティアが「マザーテレサハウス」に集まり、朝食を食べ、朝のお祈りをする。

 

お祈りが終わると、各施設ごとに固まってバス移動。

「死を待つ人の家」は、バスで30分ほど移動したKalighatという場所にある。

 

ボランティアとしての活動時間は9時から12時まで。

途中15分ほどの休憩をはさむので、実質2時間半の活動。

 

ここからは実際の活動について記していくのだが、実を言うと、シスターからほはとんど指示がない。

自分で仕事を探し、自分で動く。

なんとなく空気を読んで食事の用意をしたり、住人に求められてマッサージをしたり、歩行の補助をしたり。

 

2時間半のボランティアはあっという間だったし、たった2時間半だろうと、思われるかもしれない。

それでも、自分にとっては衝撃的で、日本でのアルバイトなんて比較にならないほど濃い時間だった。

 

「死を待つ人の家」でみた光景

 

「言葉にできない」

 

この一言だった。

自分が予想していた以上の光景が、そこにはあった。

 

足が義足だとか手の指がないなんてのは、まだ予想できていた。

 

頭部の皮膚がむき出しの人がいた。

這いつくばりながら、移動する人がいた。

 

満面の笑顔をしていると思ったら、その人は精神が狂っているといわれたり。

マッサージをした人のからだはみんな細く、今までみたことのない形をしていた。

 

毎日運ばれてくる人は後を絶たない。

外から運ばれてきた彼らを掃除すると、からだから、ウジムシが湧いてくる。

 

患者数などを示すホワイトボードには「DEATH」の項目。

ここの住人たちは、もう、その一歩先に死があるのだ。

 

 

食後、住人のひとりが這いつくばりながら、床に落ちた残飯を食べていた光景が頭から離れない。

 

 

2日目のラスト1時間は洗濯物をたたむことしかできなかった。

もう、あの食後の光景は見たくないと思ってしまったから。

 

それほどに衝撃的で、自分がかつて触れたことのない世界が「死を待つ人の家」にはあった。

 

「死を待つ人の家」でのボランティアを通して感じたこと

 

 

「死」に関してはじめて、まともに向き合っている気がする。

 

「人は死んだときにその価値がわかる」

 

というけれど。

 

じゃあ、身寄りのないここの住人は幸せじゃないのか?

彼らの人生は無価値なのか?

 

そんなことを考えている。

 

答えは、全く浮かばずじまいだ。

 

まとめ

 

暗い記事となりましたが、ターミナルケアやボランティアについても考えさせてくれるきっかけをくれた、今回の縁には感謝の一言。

 

理由なんてなんでもいいんだ。

コルカタを訪れたら「マザーテレサハウス」に、ぜひ足を運んでいただきたい。

 

きっと、なにかを考えるきっかけになるから。

 

感謝