【インド・GBロード】初風俗に行ってみたら恐喝された話

 

 

正直、この記事は書こうかどうか悩んだのだけれど。

後陣のみなさまに向けてと、なにより自戒の意味を込めて、綴ることにします。

時はインド滞在最終日、首都ニューデリーで立ち寄った「GBロード」での出来事です。

 

ニューデリーにみるインドの闇

 

 

カーストの遺恨と、埋まらない貧富の差

みなさんの想像に難くないように、インドには昔ながらの「カースト」の遺恨が、いまだに存在している。

 

貧富の差も大きい。

道端には物乞いや、野垂れ死にかけた人がうじゃうじゃいるし、子どもからお金をせびられることも少なくない。

 

とくに首都ニューデリーでは、整備された道路の中央分離帯にまでホームレスがいるものだから、一層不気味な雰囲気を感じた。

 

貧富の差に並ぶ、インドの社会問題

 

貧富差に並び、インドの大きな問題として挙げられるのが、女性の人権問題

 

その影響は、最近世界を賑わしているIT関連にも見られたりする。

南インドの田舎では、人権問題の影響から「インターネットを使える女性が村全体の2%しかいない」なんて論文もあったと記憶している。

事実、シングルマザーの物乞いは多く、子どもと横並びになってお金を求める光景は何度も目にしました。

GBロードとは

 

 

GBロード」とは、ニューデリーに存在する通りの名称。

 

この通りは、アジア有数の売春街

お金のない女性たちがこちらに軟禁され、日本とは比べものにならない値段で性処理をする。

 

ぼくはこの存在を、マハーバリプラムで出会ったインド人に誘われて知った。

 

 

 

 

もちろん彼の誘いは断ったが、地元のインド人も利用しているようで、日本人のなかには「中を入った」なんて記事もある。

動画のように賑わっているお店もあるらしい。

 

「中を覗いてみたい」

 

ぼくはそう思うようになった。

インドに来て1ヶ月。

少し高をくくっていたように思う。

 

GBロードへ

 

通りに足を踏み入れるやいなや…

GBロードは旧市街近くにある。

繁華街で正直、知らないと通り過ぎてしまうレベル。

 

けれど、写真中央の格子の奥には、しっかりと女性が住んでいた。

目視できただけでも3、4人。

あの狭い格子にそれだけの女性いる。

その事実だけで、彼女たちの生活環境を想像することは難しくない。

 

眺めていると、2人の若い男が近づいて来た。

「女の子どうだい。64番のお店がおすすめだよ。320ルピーで買えるさ」

 

320ルピー。

 

約500円で、女の子が買えるのである。

真っ昼間から、しかも繁華街の真横でそんな商売が横行してるのかと、あ然とした。

売春の現場へ

 

これはもう行くしかない。

手持ちは700ルピーと携帯だけ。

女の子を選べないフリをして、足早に帰ってしまおう。

 

今思うと、本当にバカな考えだった。

2人に連れられて中に入る。

 

1階部分は電気屋など、ごく普通にお店が並んでいる。

2、3階部分が売春宿となっているというのが事前の情報だが、階段は真っ暗。

この時点でヤバいと感じながらも、ついていってしまった。

 

2階に上がると、そこには4、5人ほどの女性。

あまり記憶が定かではないけれど、外から見た若い女性はほとんどおらず、ガタイのいいおばさんばかりだった。

 

奥の部屋に連れていかれ、部屋を紹介される。

「ここがいいぞ!!」

 

なんて言われたけれど、その個室はまさに、監獄という感じ

窓なし、4畳半ほどのスペースに、もはや台と言うべきベッドがひとつ。

性病がはびこっていても、なんらおかしくない部屋だった。

 

帰ろうとした、まさにその瞬間

 

「んー、やっぱいいや!帰るわなー」

 

そう言って帰ろうとした矢先。

2人の男に押し込まれ、手前の個室に突っ込まれる。

 

その後に、管理人とおぼしきおばさんも1人。

 

軟禁状態で、個室に大人が4人。

ひ弱な自分が身動きを取れるわけがない。

男の1人に金玉を掴まれながら、必死に帰ると抵抗する。

 

おばさん、1000ルピーを要求。

 

700ルピーしかない。勘弁してくれ。

とりあえず、有り金全部を渡し、足りないと言われ続けながらも出来る限りの抵抗をした。

がんじがらめにされた身体を必死にほどき、内側からかけられた鍵を外す。

 

なんとかして脱出。

とにかく、無我夢中で階段を降りた。

 

表は真っ昼間なものだから、彼らが追いかけてこなかったのが救いでした。

「旅は自信を得られる」ということについて

 

「旅は自分に自信を持つきっかけになる」というのは、よく言われる話。

 

実際、この側面は大いにあるように思う。

ぼくがバングラデシュ、インドを渡り歩いたことは、自分のなかで結構な自信になっている気がする。

 

一方で、旅を続けるうちに自分がなんだか「できるヤツ」に思えてくる瞬間も、正直ある。

 

「誰でもできることだ」と、表向きには謙遜してみるものの、心の中で実は「案外自分はすごいことをやってるんじゃないか」「自分はどこでだって生きていけるじゃないか」そういった、いわゆる「驕り」が、いつの間にかぼくの中にあった気がする。

今回の出来事はそうした「驕り」の結果だろう。

 

 

もしも、外側から鍵をかけられていたら?

もしも、ぼくがカードを持ち合わせてしまっていたら?

もしも、彼らが刃物を隠し持っていたら?

 

 

あくまで「もしも」の話だけれど、今考えるとそれだけの可能性があった。

 

命あっての旅なんですよね。

自分の危機管理のなさを痛感させられた、インド最終日でした。

まとめ

 

「旅にもやっとこさ慣れてきた」

そういう時こそ、今一度気を引き締めて。

ぼくの経験が、後陣の方に少しでもお役に立てればと思う次第です。

 

感謝